No.001 矢田部美里様【メガベンチャーから独立し、地方創生に挑戦するパラレルワーカー】

鹿児島の喜界島にある柑橘からアロマオイルを作り、珊瑚に垂らして利用するアロマセットを販売している株式会社CARTA代表の矢田部美里さんは、当社に登録いただき稼働されているパートナーの一人です。普段は福岡県に住んでCARTA社を経営しながら、当社のコンサルティング案件にも参画いただいているパラレルワーカーです。帰国子女であり、DeNAやリクルートといったメガベンチャー出身の彼女が、どのような経緯で独立して、地方創生に関わるようになったのかを伺いました。

インデックス

1. 小学校のL.A.時代に感じた日米の文化の差

東京出身の矢田部さんは商社勤務のお父様の赴任により、小学校1年生から4年生をアメリカのL.A.で過ごされました。L.A.では現地校に通われていました。

「クラスメイト30-40人の中で、アジア人が自分を入れて2名で、他は白人でした。初めは少し戸惑いもありましたが、差別やいじめという経験はほぼなかったです。また、母が英語をあまり話せなかったので、私が助けていた記憶があります。」

その後、小学5年生の2学期から東京に再び戻り、日本の小学校に転校しました。

その時の日米での学校生活のギャップを今でも覚えているようです。

「L.A.の小学校では、授業でも学芸会でも、常に積極的に立候補して、アピールすることが普通だった。しかし、日本の小学校では、挙手する人が皆無で、そのスタンスの違いに大きなギャップを感じました。とは言え、はじめは違和感がありましたが、徐々に慣れて馴染んでいったと思います。」

2. 演劇を通して、共創の楽しさを覚えた中高時代

その後、私立の女子中学校に進学され、演劇と出会うことになります。

部活選びのなかで、友人が演劇に興味を持っていたので、矢田部さんも一緒に付いていきました。矢田部さんは英語が話せたので、英語演劇部への入部を希望されていましたが、友人が日本語演劇部に入部されたので、そのまま一緒に入部しました。

しかし、日本語演劇部での練習は非常に辛く、発声練習のために校庭を走り込んで基礎体力を養うこともありました。

「走り込みなどの練習がきつくて、1回目の文化祭公演で退部しようと決めていました。しかし、公演で大道具担当として参加するうちに、演劇の魅力にすっかりハマってしまい、結果として中高6年間を演劇部に捧げていました(笑)。」

「中高6年間で一番学んだことは、何より演劇を通して、みんなでひとつのことを作り上げるために、目に触れない細部まで気を遣うことの大事さだったと思います。」

矢田部さんは声が低音だったので男性役に適していたのですが、それを回避したい、かつ裏方に興味を持っていたので、総合演出や舞台演出、プロデュサーを目指しました。

「学生時代の夢は、舞台監督、演出家を考えていました。よって、劇団四季や蜷川幸雄さんの舞台をよく鑑賞していました。」

3. 海外ビジネスに興味があり、メガベンチャーへ入社

大学時代は海外へのバックパッカーズ生活にはまり、アルバイトで貯金をしては、東南アジアや南米に渡航していたそうです。その中で国際交流団体にも精力的に参加していました。

そのような大学生活や小学校時代の経験から、海外ビジネスに興味を持っていました。さらにゲームというコンテンツの共創に興味を持たれ、海外展開も視野に入れていた株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に新卒で入社されました。

そこでは、ゲーム制作のみならず、人事総務部の仕事にも従事されました。当時のDeNAは破竹の勢いで急成長中のベンチャー企業であり、組織のダイナミズムを肌で感じられた貴重な機会だったそうです。そして、次第にバックオフィスから事業部の仕事に興味が変わり、株式会社リクルートコミュニケーションズ(現:株式会社リクルート)に転職されました。そこではリクルートの社内コンサルとして、各種メディアの業務設計/業務改革やPMO等を担当していました。

4. 地方創生に目覚める

そして、ずっと大都会に住んでいた矢田部さんに人生の転機が訪れます。

当時、夫がメガベンチャーを退職し、鹿児島の島で働くことになったため、鹿児島の田舎を定期的に訪れることになりました。矢田部さんはそれまで東京やL.A.といった大都会で住んでいたので、地方に関わることは初体験でした。

「地方に関わることで、大学時代の講義で学んだ貧困や過疎化といった地域の課題を目の当たりにしました。そして、東京で起こっていることは、全国から見るとほんの一部であることを痛感しました。」

「今までは海外ばかりに意識が強く向いていたのですが、国内でチャレンジできるテーマがあるということに気づきました。」

そして、鹿児島を訪れるなかで、移住ドラフト会議というイベントに参加することにしました。移住ドラフト会議とは、移住者を受け入れたい地域と、移住希望者をマッチングするイベントで、移住希望者はその地域にどのように価値貢献できるかをアピールして、地域側がドラフトのように選びます。

そこで矢田部さんは宮崎県日南市からドラフト1位指名をされました。

「自分の持っているスキルやケイパビリティをどのようにアピールするかに悩んでいました。目に見える成果物があるデザイナーの方と比べて、私が保有するPMOや業務設計スキルなどはアピールするのが難しい。そこで趣向を変えて、バルーンアートで印象付ける戦略に出たら奏功して、日南市にドラフト指名をされました(笑)。」

当時は九州最年少であり、精力的に動いていた日南市長とも会い、2018年から日南市に移住されました。そこでは今でこそ恒例イベントとなったデンケンウィーク(https://denken-obi.jp/denken/)を推進しました。デンケンとは“重要伝統的建造物群保存地区”の略で、歴史的建造物で、シェフを招待して日南市の食材で提供するガストロノミーの開催や、マルシェ、さらにはグランドピアノの演奏会、アーティストの公開創作等を催しました。このイベントは大成功を収め、人口約5万人の日南市のイベントに、10日間で計1万人を動員しました。

5. 日本の地域から世界を目指す! 

宮崎県日南市での任期終了後は東京に戻らずに福岡にJターンし、地元の大手ディベロッパーに入社し、アクセラレーションプログラムの企画/開発に従事していました。

しかし、矢田部さんの中では地方創生への熱い想いが冷めず、さらに燃え上がっていました。

そこで日南市のプロジェクトで一緒だったデザイナーや、以前のリクルート時代の同僚などに相談した結果、地場にもっと根を下ろして、地元の素材を使った有形商材を提供したいという意思が固まりました。そして、六次産業というテーマでいろいろとリサーチしていくうちに、“香り”に着目しました。

「六次産業という観点で、どんな商材があるか探している中で、香りを起点にした商材、アロマオイルはコロナ禍での需要に対し、まだホワイトスペースが多いことがわかりました。そこで、日本版Aesopのような世界観を作りたいと思いました。」

そこから2022年1月に株式会社CARTAを設立。

しかし、アロマオイルを開発して商品化するにあたり、様々な投資も発生するため、その資金をどう集めるかを思案していたところ、リクルート時代の同僚に紹介されて、当社サービスであるデジタル人材バンクのサービスを知りました。

「アロマオイルの事業化にあたり、商品の開発期間もあるので、その間の資金をどう捻出しようか悩んでいました。そこでこれまでのスキルや知見を使い、さらにリモートワークメインで働ける仕事を探していたところ、デジタル人材バンクを紹介いただきました。

福岡や鹿児島に住みながらもリモートワークで進められ、自分のスキルや経験とマッチする案件をスピーディに紹介いただき、非常に助かりました。大きな借金などをせずに、一定の金額を稼ぎながら挑戦できることは、精神衛生上も非常にありがたいです。」

それから、矢田部さんはパラレルワーカーとして、時にはフリーランスのコンサルタントから、そして時には地方創生の挑戦者として活動しています。

そして、アロマオイルの商品化を試行錯誤しているうちに、鹿児島の喜界島の自生柑橘の香りが素晴らしく、隠れた地域の資源であることを知り、その中の花良治みかんとシークーを使ったアロマオイルの商品化を目指しました。

「商品化の中で一番大変だったのはプライシングです。花良治みかんのみを原材料として使った場合、10mlで数万単位と桁違いに高くなってしまい、市場価格とは大きく乖離します。なぜなら、生産する農地や設備が小さいために、大量生産ができないのです。価格ももっと安くしながら、品質を高めるという、一見すると相反するチャレンジをして、何とか商品化に漕ぎ着けました。」

一般販売の第一弾として、Makuake(https://www.makuake.com/project/sleepy_island/)で提供して、なんと目標額の1000%達成を実現しました。ここからはビジネスコンテストで表彰されるなど活躍ぶりはインターネットで流れているので、是非ご覧ください。

このように、大都会で育った矢田部さんはメガベンチャーでの会社員時代を経て、独立しながらフリーランスのコンサル案件で資金を稼ぎながら、香りビジネスを開拓していったのです。

インタビュー所感)

矢田部さんの新しい挑戦でもある地方創生ビジネスを推進するにあたり、その挑戦を裏からでもご支援できることは非常に喜ばしいことです。

当社に登録いただくパートナーの方は、様々な理由でプロジェクトに参画いただいます。新しい挑戦に対する資金を集めたい、ワークライフバランスを求めたい、

ジェネラリストではなくスペシャリストとして研鑽されたい、サービスのデリバリに集中して営業は代行してほしいなど、様々な理由で独立されて、当社にご登録いただいております。

それぞれの方のwillや目標の実現に向けて、フリーランス案件や転職、副業兼業など様々な機会を提供しながら、デジタル人材を流動化して、日本の競争力を強化していきます。

(取材:金居宗久)